NHK「美の壺(びのつぼ)」は普段使いの器から家具、着物、料理、建築に至るまで、衣食住、人の暮らしを彩ってきた美のアイテムを解説してくれる番組。紹介されたものは何?場所はどこ?出演は誰?どこで買える?と興味津々。
そんな気になる「美の壺・美術の鑑賞マニュアル」を詳しく調べてみました。最後に番組内の音楽もまとめてあります。
美の壺 スペシャル「寺」
出演は俳優の 草刈正雄(くさかり まさお)さん、ゲストは僧役で登場した俳優の 高橋克実(たかはし かつみ)さん、ナレーション(語り)は俳優の 木村多江(きむら たえ)さんです。
NHK BS(BS101チャンネル)
初回放送:2024年11月30日(土)18:00~19:30
再放送 :2025年1月3日(金)06:45〜
BSプレミアム4K
初回放送:2024年11月23日(土)19:30~21:00
再放送 :2024年12月26日(木)14:30〜
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美の壺 2024年度(2024年4月〜2025年3月)バックナンバー はこちらをどうぞ!
美の壺 スペシャル 寺 内容
▽寺に伝わる「美」をめぐる89分拡大スペシャル!
▽小説家・いしいしんじが巡る知恩院
▽京都・南禅寺の庭の手入れに隠された江戸以来の秘密
▽千本釈迦堂の国宝!おしゃれ観音像
▽500体の羅漢像修復プロジェクト
▽木魚づくりの秘伝中の秘伝とは?
▽木村多江が仏具作りに挑戦!
▽まるでVR!没入感満載の奈良・円成寺
▽国宝・浄土寺で体験する「浄土の世界」
▽突如現れた僧(高橋克実)と草刈さん(草刈正雄)が、とんち合戦!
プロローグ
美の壺 一、めぐる:お寺めぐりは宇宙旅行
ひとつめのツボは めぐる:お寺めぐりは宇宙旅行。
いしいしんじさん / 小説家 / 知恩院をめぐる【京都市 東山区】
小説家 いしいしんじさん
京都東山 にある 知恩院(ちおんいん)は浄土宗の総本山。
平安時代末期の1175年創建。開祖・法然(ほうねん)が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院です。
知恩院を訪ねるのは京都在住の小説家 いしいしんじさん。
独自の視点で寺を巡りエッセイも数多く執筆。
長編小説「悪声(あくせい)」では寺が重要な舞台になっています。
三門
石井さんならではの感性で知恩院を巡ります。
まず目の前にそびえるのは 三門(さんもん)。悟りの道に通じる門です。
横幅50m、高さ24m、木造2階建ての門としては日本最大級を誇る国宝です。
上がってここ入っていく感じって、もうもろ洞穴ですよね、と いしいさん。
男坂
三門をくぐると目の前に現れるのは 男坂(おとこざか)と呼ばれる急な階段。
いしいさんのお子さんは近所の大きなお寺で遊んでいるそうですが、お寺は子供の遊び場になる。
子供とおじいさんおばあさん、悩みとお祈り。悪いものと良いもの、お寺にはみんなごっちゃに存在する。
門の向こうでは分かれているものが、寺に入ると全部が混ざって区別がなくなる、と語ります。
御影堂
階段を上ったその先に見えてくるのは巨大な建物。
法然の姿を写した像・御影(みえい)を祭ることから、その名のついた国宝・御影堂(みえいどう)。
現在の建物は徳川3代将軍・家光によって建てられました。
間口45mの壮大なお堂は、念仏の道場として多くの参拝者を受け入れてきました。
御影堂から読経が聞こえます。
御影堂は全部包み込むような音響装置スピーカー。
御影堂さんと言う人が喋っているように聞こえるし見える、といしいさん。
拝殿
次に向かったのは、知恩院の敷地の中でも最も高い場所にある 拝殿(はいでん)。
革靴を脱ぎながら、この革靴も元動物だったなと思う。お寺にいると周囲の生き物を改めて認識する。
生きとし生けるものとつながっている、そんなことを気づかせてくれるのがお寺です。
石井さんが拝殿から拝むのが 御廟(ごびょう)です。法然の遺骨が安置されています。
法然は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、誰もが救われると解きました。
三門楼上の仏堂
最後に再び 三門(さんもん)にやってきました。
実は三門には2階に不思議な空間があります。普段内部は非公開。
今回は特別な許可をいただき 三門楼上 に入らせてもらいました。
20mほど続く階段を上った先、暗闇に広がる 仏堂(ぶつどう)と呼ばれる空間。
迎えるのは冠を被ったお釈迦様・宝冠釈迦牟尼仏(ほうかんしゃかむにぶつ)です。
これは釈迦が極楽浄土を説いている場面。
釈迦を取り囲むように居並ぶのは 十六羅漢像(じゅうろくらかんぞう)。
十六羅漢(じゅうろくらかん)とは人々を苦難や災厄から救う聖人たち。これらは1621年に徳川2代将軍・秀忠(ひでただ)の命を受け作られました。
美術的にも高く評価されており、国の重要文化財に指定されています。
この場所は門を通る人からすれば、宙に浮いていて、水平じゃなくて、垂直方向に真上にある極楽浄土。
もう行き来する方々の意外に近いところに極楽浄土はあるという含意があるような気がすると いしいさん。
天井には極彩色で描かれた巨大な龍。江戸幕府の御用絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)の手による作品です。
天井は他にも発見がたくさん。楽器もたくさん描かれています。
寝転がり目を閉じて一瞬うとうとしかけて目覚めると生まれ変わった感じになったようです。
日常を離れ、自らを解放して宇宙を漂うような感覚を持てる空間。
それがお寺です。
名前 | 知恩院(ちおんいん) |
住所 | 京都府京都市東山区林下町400 |
電話 | 075-531-2111 |
WEB | https://www.chion-in.or.jp/ |
営業時間 | 9:00〜16:00 |
定休日 | なし |
いしいしんじさんの小説。
寺の庭 / 天龍寺・龍安寺・瑞泉寺
寺院の空間を構成する重要な要素の1つが 庭。
京都・天龍寺(てんりゅうじ)・曹源池庭園(そうげんちていえん)は自然の景観を活かしながら、池や石組などによって禅の本質を表現しようとしたと言われます。
京都・龍安寺(りょうあんじ)の庭は石や苔・砂を大地は水に見立てた枯山水。
美の壺 スペシャル「庭園」でも紹介されました。
禅宗では庭と対峙することも修行の一部とされます。
鎌倉・瑞泉寺(ずいせんじ)の庭。こちらも 美の壺 スペシャル「庭園」で紹介されました。
目を引くのは岩盤に掘られた大きな穴です。
僧侶はこのほこらで座禅を組み、池に映る月を見て瞑想したといいます。
お寺には俗世から離れ、自らと向き合うための様々な庭が作られてきました。
名前 | 天龍寺(てんりゅうじ) |
住所 | 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68 |
電話 | 075-881-1235 |
WEB | https://www.tenryuji.com/ |
営業時間 | 8:30〜17:00 |
定休日 | なし |
名前 | 龍安寺(りょうあんじ) |
住所 | 京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町13 |
電話 | 075-463-2216 |
WEB | http://www.ryoanji.jp |
営業時間 | 3月~11月:8:00〜17:00 12月~2月:8:30〜16:30 |
定休日 | なし(2022年3月18日まで工事のため拝観停止) |
拝観料 | 大人・高校生 500円、小・中学生 300円 |
名前 | 瑞泉寺(ずいせんじ) |
住所 | 神奈川県鎌倉市二階堂710 |
電話 | 0467-22-1191 |
WEB | https://www.kamakura-zuisenji.or.jp/ |
営業時間 | 9:00〜17:00 |
定休日 | なし |
拝観料 | 大人200円、小中学生100円 |
竹村茂好さん / 植彌加藤造園 庭師 / 南禅寺の庭の手入れ【京都市 左京区】
京都市左京区 にある 南禅寺(なんぜんじ)は1291年に開かれた臨済宗南禅寺派の総本山。
室町時代には3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)によって、すべての禅寺の中で、最も格式の高い寺とされました。
南禅寺拝観の入り口となる 庫裏(くり)の玄関を入ってすぐ右手に曲がると見えてくるのが 滝の間。
訪れる人を別世界に誘うのは庭の奥に見える滝。
作庭時に高い技術と費用を要する滝は、庭園の中でも最も重要な構成要素の1つです。
高低差が生み出す滝のしぶきと音は深山幽谷(しんざんゆうこく)の景色そのもの。
この庭を手入れしている 植彌加藤造園(うえや かとうぞうえん)庭師の 竹村茂好(たけむら しげよし)さん。
手入れはどこを剪定したかわからないように自然な感じにするよう工夫しているそうです。
滝の見せ方は江戸時代の造園書「築山庭造伝(つきやまていぞうでん)」に基づいています。
飛泉障(ひせんざわり)と呼ばれる手法。
「滝の口や手前に小さな木を植えて、飛泉の水がありありと見えぬよう、奥深く小暗くなるようにせよ」と記されています。
竹村さんもももみじの枝を滝の手前に差しかけることで、その効果を生み出しています。
この滝の豊かな水。南禅寺の境内にあるレンガと花崗岩で作られたアーチ型の橋脚、通称・水路閣(すいろかく)から引かれています。
水路閣は1890年に開通した 琵琶湖疏水(びわこそすい)の通り道。
高さおよそ9mの水路閣から南禅寺の庭までの高低差を利用して、見事な滝が作られているのです。
竹村さんは滝の水量を守るために、疏水にある滝の水の取り込み口に金属の網をかぶせ水草や魚が詰まらないように頻繁に掃除や点検をしています。
毎朝お寺の僧侶の方々もお庭の掃除をされています。すべての作業が臨済宗の修行の一環。
日常の喧騒を忘れさせてくれるお寺の庭。
いにしえから修行の場として守られてきた小宇宙は人々の手により美しさを保ち続けています。
名前 | 南禅寺(なんぜんじ) |
住所 | 京都府京都市左京区南禅寺福地町86 |
電話 | 075-771-0365 |
WEB | https://www.nanzenji.or.jp/ |
営業時間 | 8:40〜17:00 |
定休日 | なし |
名前 | 植彌加藤造園(うえや かとうぞうえん) |
住所 | 京都市左京区鹿ケ谷西寺ノ前町45番地 |
電話 | 075-771-3052 |
WEB | https://ueyakato.jp/ |
美の壺 二、仏像:時代を越える 仏像への情熱
ふたつめのツボは 仏像:時代を越える 仏像への情熱。
宮本我休さん / 宮本工藝 京仏師 / 現代の仏師【京都市 上京区】
仏教の信仰対象である仏の姿を表したもの、それが 仏像 です。
日本には仏教が伝わって以来、それぞれの時代で広まった教えや流行をもとに、様々な仏像が作られてきました。
仏師が自らの技と情熱の全てを注いだ仏の姿は、いつの時代も多くの人々を魅了しています。
千葉県船橋市 にある 明王院(みょうおういん)の 虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)を作ったのは 宮本工藝(みやもとこうげい)代表・京仏師 宮本我休(みやもと がきゅう)さん。
京都の南、小さな工業団地の一角に工房を開き、4人の弟子とともに仏像の製作に取り組んでいます。
宮本さんは1981年京都生まれ。子供の頃から将来の夢はファッションデザイナーだった宮本さん。京都芸術短期大学のファッションデザイン科で服飾を学んだ後、バンタンデザイン研究所ファッションデザイン専攻科に入学したものの休学してファッションイラストレーターとして活動。
しかし自分自身の限界を感じていた頃、知人の紹介で大きな十一面観音の彩色作業を手伝う機会がありました。
「あ、この世界だな」と一気に魅了され、そのまま仏師に弟子入り。
2015年、9年間の修行を経て独立しました。
名前 | 宮本工藝(みやもとこうげい) |
住所 | 京都府京都市南区久世大藪町232-9 |
電話 | 075-202-2292 |
WEB | https://gakyu.jp/ |
宮本我休さん / 大報恩寺(千本釈迦堂)の国宝・六観音菩薩像【京都市 上京区】
京都市上京区 にある 大報恩寺(だいほうおんじ)は 通称:千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)で知られています。
創建は鎌倉初期の1227年。
仏師の 宮本我休 さんが手本としている憧れの仏像が寺の 霊宝殿(れいほうでん)にあります。
2024年に国宝に指定された 六観音菩薩像(ろくかんのんぼさつぞう)。
鎌倉時代に作られたもので、作者は名仏師・運慶(うんけい)の流れを組む 肥後定慶(ひご じょうけい)。
これらの仏像が生まれたのは、末法思想(まっぽうしそう)を背景に天災や武士の騒乱が相次ぐ時代。
庶民にも仏教が浸透し、鎌倉新仏教が生まれる仏教の革新期に当たります。
仏像製作にも質実剛健で写実的な作風が登場します。
六観音は 素地仏(きじぶつ)。つまり素地仕上げ(きじしあげ)の仏像。
塗装しない仕上がりになっているので、ノミ跡まで観察できます。
仏師の息遣いをノミ跡で感じることができる、宮本さんにとっては参考にしがいのある仏像。
仏師の宮本さんならではの仏像の見方は他にも。
仏様の顔の造形を下から見上げることです。
特に見るのは鼻の角度。
鼻を下から見ると台形になっているそうですが、作家によっては台形にしたり三角にしたりしていて参考にするのだとか。
6体の中でも宮本さんのお気に入りは 准胝観音像(じゅんていかんのんぞう)。
デザイン性に富んだ着衣。布のドレープはとてもリアリティーのある表現をされています。
宮本さんのルーツが服作り。仏師としても衣紋表現に特化して自分の作品を成熟させてようとしています。
肥後定慶さんも数百年前の仏師ですが、本当に服が好きだったんだろうなと強く共感するところがある様子。
新しい造形を目指したといわれる肥後定慶。この六観音を見ると「自分が信じる美しいものを追求しなさい」と言われるような気がしていて、本当に勇気づけられる作品だと語っていました。
名前 | 大法恩寺(だいほうおんじ)通称:千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう) |
住所 | 京都府京都市上京区溝前町1034 |
電話 | 075-461-5973 |
WEB | https://daihoonji.jp/ |
営業時間 | 9:00〜16:00 |
定休日 | なし |
阿部龍男さん / 善寶寺 副住職 / 五百羅漢像【山形県 鶴岡市】
山形県鶴岡市、町の西側の日本海のほど近くに建つ 善寶寺(ぜんぽうじ)は平安時代中期の創建と伝えられる由緒あるお寺です。解説してくれたのは副住職の 阿部龍男 さん。
境内に建つ 五百羅漢堂(ごひゃくらかんどう)は江戸時代末期の1855年に建てられました。
お堂の中に入ると訪れるものを圧倒する仏像群。
中央奥には 釈迦如来像(しゃかにょらいぞう)。
その前には釈迦を慕う10人の弟子、十大弟子像 が配置されています。
さらに取り囲むように天井付近まで悟りを開いた聖者・羅漢像(らかんぞう)がびっしりと居並びます。
木製の羅漢像の高さは、全ておよそ65cm。その数はなんと531体。
江戸時代は写真がありません。しかし 五百羅漢像(ごひゃくらかんぞう)の中に亡くなられた人の面影を見ることができました。
似ている羅漢が1人はいる。その方の前に合掌して面影を忍んでいたのだとか。
江戸時代、北前船(きたまえぶね)で富を築いた商人たちが寺に寄進。
京都の仏師によって羅漢像は作られました。
漁業や海運に携わる人々の思いが当時から今に至るまで寺と仏像を支えています。
名前 | 善寶寺(ぜんぽうじ) |
住所 | 山形県鶴岡市下川関根100 |
電話 | 0235-33-3303 |
WEB | http://ryuoson.jp/ |
営業時間 | 8:00〜16:00 |
定休日 | なし |
笹岡直美さん / 東北芸術工科大学 准教授 / 善寶寺五百羅漢修復プロジェクト【山形県 山形市】
江戸時代に作られた 善寶寺(ぜんぽうじ)の 五百羅漢像(ごひゃくらかんぞう)。しかし、長い年月が経過する中で羅漢像にもほこりがたまったり、彩色の剥落などの傷みが目立ってきていました。
そこで2015年500体を超える仏像群全てを20年かけて修復・保存する事業「善寶寺五百羅漢修復プロジェクト」が始まりました。
修復を行うのは山形市にある 東北芸術工科大学(とうほくげいじゅつこうかだいがく)の 文化財保存修復研究センター(ぶんかざいほぞんしゅうふくけんきゅうセンター)。
今プロジェクトの中心を狙っているのは准教授の 笹岡直美(ささおか なおみ)さん。
羅漢像は大学に運ばれて修復が行われています。
数が多く一体ずつ形も違い損傷状態も違うため、果たして修復は終わるのかなと思ってしまうと笹岡さん。
どのようにして修復するか作業工程を見せてもらいました。
まずは羅漢像にかぶったほこりを毛先の柔らかい筆で丁寧に落としていきます。
ほこりを払うだけでもずいぶんと当初の色は見えてきます。
払ったほこりも捨てません。全て集めてどの像がかぶっていたものかを記録し保存します。
将来の研究で彩色の細かな破片や成分が見つかる可能性もあるからです。
ほこりを取り除いたら次の工程。
膠(にかわ)を水で薄めた 膠水(にかわすい)を薄い和紙の上から像全体に膠を浸透させていきます。
経年変化で剥がれやすくなった色を膠で補強。
はけで直接塗るのではなく、和紙に染み込ませて定着させる繊細な技術です。
修復と並行して行っている作業もあります。
2024年の春から文化財の内部を観察できる X線CT撮影装置 を導入しました。
これにより羅漢像の内部を3次元で捉えることが可能になりました。
すると、奥の仏像の共通の場所に穴が見つかったのです。
錐点(きりてん)と呼ぶその穴は、羅漢像の造形の基準点と考えられます。
500体というたくさんの仏像を限られた時間の中でたくさんの人数で同じように作るために消えない目印として使われていたのではないかと推察されます。
表情や仕草が多様な500体。でもなぜか統一感があるのはそのためです。
江戸時代の人たちの思いが作った仏像を次につないでいく仕事が修復。
数珠に例えると数珠の粒それぞれが仏像や文化だとするならば、それらを繋ぐ糸であるような仕事かなと語る笹岡さん。
受け継がれるのは仏像の姿形だけではありません。
人の心もまた修復を通じて未来へとつながっていくのです。
名前 | 東北芸術工科大学(とうほくげいじゅつこうかだいがく) 文化財保存修復研究センター(ぶんかざいほぞんしゅうふくけんきゅうセンター) |
住所 | 山形県山形市上桜田3-4-5 |
電話 | 023-627-2204 |
WEB | https://500rakan.net/ |
善寶寺五百羅漢修復プロジェクトが紹介されています。
美の壺 三、工芸:美を創る こだわりの手仕事
みっつめのツボは 工芸:美を創る こだわりの手仕事。
市川幸造さん / 市川木魚製造所 代表・木魚職人 / 寺院専用の木魚【愛知県 愛西市】
独特のテンポと心地よいリズムを生み出すユニークな仏具、木魚(もくぎょ)。
江戸時代初期に中国から来日し、黄檗宗(おおばくしゅう)を開いた僧侶・隠元(いんげん)。
隠元が伝えた 開梛(かいぱん)という魚の形をした鳴らしものが木魚の原型だといわれています。
愛知県 の西に位置する 愛西市(あいさいし)ののどかな田園風景が広がる一角に日本で唯一寺院用の木魚を専門で作っている工房、市川木魚製造所(いちかわもくぎょせいぞうしょ)があります。
工房の代表は木魚職人の 市川幸造(いちかわ こうぞう)さん。
明治40年(1907年)創業以来およそ120年続くこの工房で、3代にわたり木魚作りを受け継いでいます。
作銘を・玉斎(ぎょくさい)と名乗り、市川さんは3代目・玉斎。
現在は市川さんを含め3人の職人で年間15個から20個ほどの木魚を作っています。
市川さんたちが作る木魚は、福井の 永平寺(えいへいじ)、長野の 善光寺(ぜんこうじ)など名だたるお寺で使われています。
納品した木魚は40年50年経っても変わりなく使われていて、これからも70年80年100年と長く使ってもらえるのでは、と市川さん。
木魚はどのようにして作られるのか製作工程を見せてもらいました。
使用するのは直径130cmを超える国産の クスノキ。150年から200年位のものを主に使っているそうです。
3年から5年、屋外で寝かせてから製作に入ります。
まずは丸太を切り出し、チェーンソーでおおまかな形に切り、電気かんななどで形を整えます。
中でも1番大変なのが 中をくり抜く こと。
特殊なノコギリで2方向に切り込みを入れ、ドリルで穴を開けてくり抜きます。
開口部ができたら続いて 中彫り(なかほり)。
特注の柄の長いノミを使って中を彫っていきます。
彫る厚みは職人の勘に頼るほかありません。
1度ノミを入れてしまおうとやり直しのきかない作業。
市川さんでも修行時代には何とか外まで彫り抜いてしまったこともあるそうです。
「板裏(いたうら)」という部分を残して木魚の「ポクポク」という音が出るように仕上げます。
この板裏を高く薄く残せるかで綺麗な音を響かせるかどうかが決まる、という職人の腕の見せ所。
中彫りが終わると木魚を 乾燥 させます。
工房2階の乾燥室には常に200個近くの木魚、直射日光と風を遮り自然乾燥させています。
小さいもので3年から5年、大きなものは7年から10年、じっくり乾燥させます。
中には乾燥の間に歪んでしまい、商品にならないものもあるといいます。
そして注文を受けると十分に乾燥を終えたものに 上彫刻(うわちょうこく)を施します。
表面に魚の体に竜の頭の「竜頭魚身(りゅうとうぎょしん)」を彫るのです。
およそ1ヶ月かけて上彫刻を行ったら最後に 調律(ちょうりつ)です。
その方法は秘伝中の秘伝。教えられるのは調律前と後の音の違いだけだそう。
市川さんがこだわるのは音の美しさ。
調律前は木の空洞に響くカンカンという音が調律後は低音にこもりと深みが出ています。
名前 | 市川木魚製造所(いちかわもくぎょせいぞうしょ)玉斎(ぎょくさい) |
住所 | 愛知県愛西市東保町西河原288 |
電話 | 0567-28-3924 |
WEB | https://www.mokugyo.jp/ |
市川木魚製造所のものではありませんが日本製の木魚。
木村多江さん / 銀座安田松慶堂 菅原雅春さん / 仏具作りに挑戦
銀座安田松慶堂 荘厳仏具製作会社 工場長 菅原雅春(すがわら まさはる)さん
仏具を作る職人の仕事をもっと知りたい。
歴史に裏打ちされた伝統の手技を求めて仏具工場を訪ねます。
多江「この会社自体はどれぐらい
菅原「この会社自体はね創業が1792年江戸時代
多江「江戸時代からあるんですか?
菅原「だから232年位今年で
こちらの会社は鎌倉時代の名仏師・運慶(うんけい)の流れをくむ老舗
寺を飾る仏具や仏壇など製作から販売まで一貫して行っています。
増上寺(ぞうじょうじ)や成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)などの仏具を手がけてきました。
菅原「よく本堂の中にある幢幡(どうばん)というやつ
多江「幢幡って言いうんですか?どうでできている。
菅原「そうじゃなくて、全部木なんです。
多江「木でできてるんですね。
菅原「木彫もあって、それに漆をかけて金箔をしてある。
多江「わー
菅原「だから重さは軽い
多江「ちょっと触らせていただいてもいいですか?
あほんとだ。これも全部手で彫っているわけなんですか?彫ってるんですか?わーなんて大変な手作業。
ぱってみてね。なんか「あっ綺麗」っていうだけの今までの自分の印象でしかなかったけど、こうやって見るとすごい大変なことしてらっしゃるんですね。
予想もしない作り方に最初から驚いてしまいました。
他にも様々な仏具が作られています。
お経が書かれた本を置く経机(きょうづくえ)
こちらは脇机(わきづくえ)
お経をあげる僧侶が自分の横に道具などを置くための机です。
仏像や経典などを収めておく戸棚、厨子(ずし)
お寺に納める仏具は基本的にオーダーメイド。
置かれるお寺の場所に合わせて図面を1から引きます。
道具も見せてもらいました。
これ全てカンナなんです。
多江「なんか同じようなものかと思ったら、ちょっとずっと違ってものすごい種類があるんですね。
菅原「同じ刃なんだけど台が反ってる。
多江「確かに受注生産でそれによって道具を変えないといけないってことですね。
カンナが図面に合わない場合は、カンナの方を図面に合わせ、刃や台を手作りするそうです。
菅原「作っていただくものをちょっと今お持ちしますので
多江「作るんですか?私
菅原「実はこれなんですけど、
これ御手掛机(おてかけづくえ)っていう。ご本尊さんの前にこの机を置いて花とかいろんなものが乗ってる。
小さい机という感じですね。
多江「これを私何かするんですか?これ?
菅原「脚をこれをやっていただきたいと
多江「すごい曲線美ですけど
猫の脚のような優雅な曲線美
できるかどうかわかりませんが、私これに取り組んでみます!
菅原「手本じゃないですけど、こんな感じに仕上げていただければと思います。
多江「これどこからこれになるんですか?
菅原「最初これを糸のこでひいてこれを取り出す。
板から切り出したままだと断面は四角です。
四角の角を落として断面を八角形にします。
さらに角を落とし16角形にするところから私の作業はスタート
菅原「16面にするために線を引かないといけない。ボールペンでこう出してもらって、
多江「この線を引くのもまた大変。難しそうですね
菅原「徐々に慣れると思います。
まずは木の台にボールペンを刺したものを脚になる木に押し付けながら線を引いていきます。
多江「ここが木がボコボコしていて
菅原「ここが1番の難所なの。
多江「あぁ難しいなぁ。進まないなぁ。ちょっとずつ
菅原「うん、ちょっとずつでいいと思いますよ。
ただ線を引くだけなんですが、綺麗に引くのも一苦労
1時間以上かかりました。
この線が角を落とすときの補助線になります。
(手袋をはめる)
菅原「安全のために
ここからは小刀を使って削ってきます。
まずは菅原さんにお手本を見せてもらいます。
菅原「これを左の親指でこう押す感じ。右手は添えてるだけ。左手で押す感じ。
多江「滑らす感じ。
先ほど付けた線と線の間を削っていきます。
菅原「この辺をこっちから削ってください。線ギリギリまで
削れすぎると元に戻せないので、ついつい慎重になってしまいます。
多江「でも繊細な作業ですね。
くるくると長くなるとちょっとそれだけで嬉しいですね。
刃先にどれだけ力を加えればいいか少し分かってきました。
やっと断面が16角形に
角を落とすのに1時間半かかりました。
今度は鉋(かんな)の出番
菅原「浅い丸と深い丸とあります。この反りも丸いのと平らなのと。これを使い分けて
いよいよカンナがけです。
かんなから伝わる木の微妙な凸凹を手で感じながら滑らせていきます。
指で筋の表面を確認すると、目ではわからないような凹凸が感じられるように。
多江「丸くなってきました。
ほんとにあるとこまで行くと削れなくなるんですね。だからカーブが同じになるんだ。脚のカーブに合わせてカンナを変えます。
こうやってやってると愛おしくなってきますね
何か木ってやすりでやるイメージだったんですけど、このカンナでやるという
菅原「ペーパーで擦りつけたほうが簡単に丸くなるんですけど、あえてそれでは面白くないので、道具でやるっていうか。
作業開始から3時間半。猫脚のような曲線美、何とかできました。
最後に削った脚を天板に差し込んでいきます。
菅原さんが削った脚と一緒に組み立てます。
多江「御手掛机の一部になりました。
嬉しいものですね。
8本の脚のうち私が削ったのは1本だけ。
それでも何ともいえない愛着が湧きました。
多江「こんな小さなものでも簡単なことではない。
その小さなことに手を抜かないで、一つ一つに思いを込めるからこそ、全体に組み立てられたときに素敵なものになって
この小さな美が集まって空間というお寺という大きな空間の中の美を生み出しているということ知ることができて、もうお寺に行きたくなりました。
素材と向き合うために道具と向き合う。
自然の材料と伝統の道具を尊重する。
仏具職人のこだわりを感じました。
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美の壺 四、演出:言葉ではなく体験で伝える
最後のツボは 演出:言葉ではなく体験で伝える。
増記隆介さん / 東京大学 准教授 / 圓成寺の本堂の柱【奈良県 奈良市 忍辱山町】
奈良市忍辱山町(にんにくせんちょう)圓成寺(えんじょうじ)
東京大学 准教授 増記隆介(ますき りゅうすけ)さん
奈良市内から東へ
山深い柳生街道(やぎゅうかいどう)を進みます。
すると忍辱山町(にんにくせんちょう)という変わった地名に出くわします。
ここにちょっと不思議な空間を持つお寺があります。
圓成寺(えんじょうじ)。開山は奈良時代という伝承も残る古刹です。
救いを求めてやってくる人々を迎えるのは、寺の中心に立つ本堂です。
中に入ると本尊を安置し、僧侶が儀式を行う場所、内陣(ないじん)が広がります。
本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。平安時代後期の作といわれます。
阿弥陀如来の前に配された4本の柱
そこに室町時代のものといわれる極彩色の絵が描かれています。
向かって左手前の柱には合掌する勢至菩薩(せいしぼさつ)
右手前の柱には観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)
死者の魂を迎えるための蓮華台(れんげだい)を捧げ持っています。
阿弥陀如来に従うような総勢25の菩薩
紫雲(しうん)と呼ばれる雲に乗り、楽器を携え音楽を奏でたり、舞い踊っていたり
柱に描かれた菩薩。実はその元になった絵があります。
聖衆来迎図(しょうじゅらいごうず)です。
阿弥陀如来を中心に勢至菩薩・観音菩薩など25の菩薩の集団が人の臨終の際、極楽浄土から迎えに来る様子を描いています。
平安時代中期以降広まったこうした絵はどうして描かれたのでしょうか?
仏教絵画を専門に研究している増記隆介(ますき りゅうすけ)さんに伺いました。
増記「当時は今の我々のように映画やテレビ、VRのようなものがある時代ではないので、
それらが今担っているものを絵画が担っていたと考えれば、要は頭の中で描かれている菩薩や仏の姿を動かしながら見る。
仏が来ていること自体が当時の人たちにとってはありがたい。
「来る」というイメージをすごく大きく膨らませたのではないかなという気がします。
ではなぜ平面であった聖衆来迎図をわざわざ柱に絵を描いて立体にしたのでしょうか?
増記「お堂の中はある種の仏の聖なる空間
そこに入れるのは僧侶だけだったが、それが徐々に民間の世俗的な人間も入りうるような空間になって、
普通に平面に掛け軸とかに描いたものよりも、柱に描くことによってより空間性が強まる、立体感が出てくるということはあると思います。
柱に描かれた菩薩を先導役に奥から本尊の阿弥陀如来が現れる。
来迎を疑似体験するような立体的な演出は、人々の感覚に極楽浄土を強く訴えかけたことでしょう。
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藤森照信さん / 建築史家・建築家 / 浄土寺 浄土堂【兵庫県 小野市】
兵庫県小野市 浄土寺(じょうどじ)浄土堂(じょうどどう)
建築史家・建築家 藤森照信(ふじもり てるのぶ)さん
兵庫県小野市
神戸と姫路のほぼ中間に位置する街です。
建築史家・建築家の藤森輝信(ふじもり てるのぶ)さん、
これまでに数多くの寺院建築を見てきました。
そんな藤森さんの心を捉えて止まない寺があります。
藤森「いやなんか専門家から見ると、一見して普通のとは全然違う。
浄土寺(じょうどじ)。12世紀の創建。
その中心に立つのがこちらの国宝・浄土堂(じょうどどう)です。
藤森「柱の上に屋根を支えるために出ている木組みっていうんですけど、
あの作りがね、法隆寺以来、日本で発達してきた仏教建築の木組みの作り方とまるで違う。
これほど単純な作りは無いんですよ。普通は
3本ぴゅぴゅぴゅと出て支えているだけなんです。
右は京都・清水寺の木組み
比べると確かに浄土堂は単純な構造であることがわかります。
合理的・力学的にはこれでも良い。
外観だけ見るとね、工事中でやめたように見えるんじゃないかな。
シンプルというか、珍しい作りです。
直線的な屋根に浅い軒。
大仏様(だいぶつよう)と呼ばれる建築様式です。
出かけたのは重源(ちょうげん)という僧侶
中国・南宋に3度留学したと言われ、建築や工芸を修めた人物です。
国宝・東大寺南大門(とうだいじ なんだいもん)も手がけました。
重源の建築が完全な形で現存しているのは、浄土寺の他には東大寺南大門だけ
シンプルな木組みは浄土堂にそっくりです。
簡素な外観のお堂の中はどうなっているのでしょう。
藤森さんについて中に入ります。
目に飛び込んできたのは見上げるほどの大きさの3体の仏像
本尊の阿弥陀三尊像(あみださんぞんぞう)です。
木造で高いものは5.3m
全身に金箔が施されています。
鎌倉書初期の名仏師・快慶(かいけい)の作です。
向かって左は観音菩薩
右に勢至菩薩
3体全てが国宝です。
藤森「外は作りかけぽかったですけど、もう中は完璧ですね。
ちょっと建築的な話をすると皆さんねお寺を思い浮かべてもらうとわかるんですけど、普通ね。あの辺に天井が張ってるんです。
天井貼ってあるから、天井の上がどうなってるかわかんないんです。
この場合はそれが見えちゃってて、柱が天井屋根まで行ってるでしょう。
これは当時の日本では全くなかった作りなんです。
ほんとに珍しい作りだった。
重源の美学は構造的にはすごく合理的。
逆にいうと非常に力強い構造そのまま見せる。
ほんとにギリギリだね。
だから仏様も作るのとお堂を作るのはおそらくちゃんと連動してやったと思いますね。
でもこうやって見るといいね。
仏様と建築が何かワーッと一体化して
だから、逆にいうとっピラミッドの中にワーッとね入っているような
他にもこの浄土堂ならではの仏像の楽しみ方があります。
藤森「これも仏師も作りがいがあったでしょうね。
これ全部回りながら見るっていう。
何かあも雲がいいね。尻尾みたいになって。
もともとは僧侶が修行を行うための空間
そこが今では仏像を背中から見られる貴重な場所となっています。
さらに重源こだわりのある演出が
藤森「西から光が入る西方浄土(さいほうじょうど)
阿弥陀様一応西方に浄土を作っておられるっていうことで、
意外と珍しいんですよ。阿弥陀様いろんなお寺にありますけど、背中からずーっと光が入っているっていう。
だから拝む人は浄土に向かって拝む。
仏像の背面が日の沈む西になるように設計されています。
藤森「浄土堂のこの世を超えた美しさは、おそらく神社は与えなかったんですよ。
神社はむしろ自然の美しさのようなものを与えた。
この世を超えた美しさは仏教建築が初めて日本にもたらした。
今でもなかなかこういう美しさは私は必要だと思ってますけどね。
夕方西から入った光は阿弥陀如来の背後から後光のように差し込みます。
その光はさらに床に反射し、朱塗りの堂内を染め、
このならざる世界を作り上げていきます。
古から人々がお寺に込めた演出の数々、
仏の世界への憧れと自らを律する場として、寺はそこにあり続けます。
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エピローグ
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音楽 BGM
ジャズの名曲が流れる美の壺。番組BGMファンもいらっしゃるのではないでしょうか。
オープニング曲と番組内挿入曲をまとめましたので参考にどうぞ。リンク先で試聴できます。
オープニングテーマ
オープニングテーマ は Art Blakey And The Messengers(アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ)の名曲「Moanin’」。ジャズドラマー アート・ブレイキーが1958年に発表した同名のアルバムに収録されています。作曲はピアニストの Bobby Timmons(ボビー・ティモンズ)。
番組内 楽曲
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